キャンドルとランプのイイお話

キャンドルとランプのイイお話

ある意味正しい使い方

SMという文化

この文化に対して理解を経ている人もいるだろう、筆者個人的には正直あまり関心を持つことはないが文化としては認めているつもりだ。あくまで本人が楽しむべきものとして見れば咎められる必要もない、何のことを指しているのかというと『SM』という性的な快楽を求めた享楽のことだ。いきなり過ぎる展開だが、このSMにおいてロウソクを用いたプレイが存在していることもよく知られているだろう、当然こんなことにろうそくを使ったなどとした文化が登場した際にはキリスト教からの反発が巻き起こったことを丁寧に説明する必要もない。今でも敬虔なキリスト教徒にしてみれば、神の子を象徴とする聖なる炎をもたらすロウソクを性的被虐、または加虐的な面で利用する文化など受け入れられるほど寛容ではない。現代でもこんな話を信者の前ですれば間違いなく糾弾されることは間違いない。

キリスト教という文化にとってロウソクがもたらす炎の神聖さは不可侵領域とも言える意味合いも含んでいる、それだけ彼らにとってキリストという存在がどんなものだったのかを示す手がかりともなる。しかし、SMを生み出したのもそんなキリスト教が広く分布していた時代において開発されたものだ。おまけに生み出したのはフランスの貴族とあって、当時は国を上げての大問題として取り扱われていたほどだと言われている。中世の時代こそロウソクを用いた偏見的な性的快楽を述べた書籍などが高く評価されない、異端とも言える作品が世に出ることはなかったが、現代においては作品として高い評価を得ているという。天才と変人は紙一重といったところか、中世においてこそ認められなかったが、SMという文化を生み出した起源者『マルキ・ド・サド』という貴族がもたらした文化は現代の、一部の人々に大きな感銘をもたらし続けている。

そんなサドがどうしてSMという、肉体的な快楽の追求としてロウソクを用いた性的衝動を満たすために開発したのかを考察してみよう。

香りつきロウソクで癒される

精神状態は安定しなかったという

マルキ・ド・サドというのがいかなる人物だったのかというと、彼は平民として貧しい暮らしを享受していたわけではなく、その時代において貴族として生活していた由緒ある家柄だった。家柄にしても伯爵の地位を経ている父と母、また敬虔な修道士である叔父によってキリスト教の何たるかを幼い頃から享受されていた。やがて成長したサドは七年戦争において騎兵連隊の大佐として戦争に奮闘するなど、彼の人生において何一つ一般的な不自由や苦痛はなかったように見える。だがそれも他者から見た視点でしかない、彼の心内では満たされな何かがずっとくすぶっていたのかもしれない。

その後戦争を無事に生き残ったサドは結婚して子供にも恵まれ、さらに自分の城や専用の劇場、果ては身分が伯爵から候爵へ上がるなど誰もが羨む貴族として成長していく一方で、彼の精神はこの時には既に何かが違っていたのかもしれない。

その後、サドは未亡人の暴行に娼館での乱交と媚薬を娼婦に飲ませるといった犯罪行為を犯したことで死刑判決が下り、政治犯や精神病者が収容されるバスティーユ牢獄へと投獄されるのだった。この瞬間、サドは貴族ではない作家としての一面を発揮するなどして獄中で数多くの作品を執筆するのだった。その中には禁書として扱われる物が出るなど、当時の政治的・文化的な面からとても表の世には出せない残虐で隠微な作品だったと言われてしまう。

その後もフランス革命が差し迫る中で病院から解放されてからは時代に押されるよう政治にも参加しつつ、さらに自身の性的快楽を模した作品を多く発表するも、再び精神病院への事実上の投獄をされてしまうのだった。サドは没するまで病院の外から出ることはなかったと言われているが、その間にも彼自身が追い求める何かを綴った作品が多く発表されるのだった。

手作りロウソク教室


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何を求めたのか

こうしてサドが作り出した作品を参考に、様々なSMを題材にした作品が登場することとなる。だがそれも決して容認されるような意味合いではなく、あくまでアウトロー的な意味合いでの用いられ方が主流だった。オーストリアの精神医学者は異常性欲の1つとして、現代に伝わる『サディズム』をサドに倣って作ったと言われている。

SMプレイの中にあるロウソク責め、これもサドによってその原点たる、相手を精神的・肉体的に支配したいという欲求に駆られたがために生み出された加虐的性快楽となっている。それをあたかも当然のように利用していたサドの精神状態は破綻していたとみなすべきだが、むしろ何処もおかしくはなかったのかもしれない。偏屈な社会の中、キリストという1つの存在に対して崇拝する世界で生きる彼にとって、それは抑圧されているも同然だったのかもしれない。今となっては彼の何かを知ることは出来ないにしても、サドという1人の人間が抱えていた者はその時代における闇を象徴していたのかもしれない。

彼がしたことを許すべきではないが、ロウソクという物を用いてこうした一部の人々に愛されている文化を創りだした、と言う意味では彼に敬意を称する人が出てきてもおかしくない。それだけ衝撃的だった、ということだ。